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アトレティコ・マドリード(Club Atlético de Madrid S.A.D.)は、スペインのマドリードを本拠地とするサッカークラブチーム。

ホームスタジアム(カーサ)はビセンテ・カルデロン。1903年に創立。リーガ・エスパニョーラのプリメーラ・ディビシオンに籍を置く。スペインにおいては、レアル・マドリード、FCバルセロナにつぐ第三のクラブとして認知されている屈指の名門クラブである。

永遠のライバルクラブであるレアル・マドリードとの対戦はマドリードダービーと呼ばれ、リーガ・エスパニョーラでも屈指の好カードである。

アトレティコという名称がつくチームは世界にも複数あるが、一般的にアトレティコと言えばこのアトレティコ・マドリードのことを指す。現スペイン代表監督ルイス・アラゴネス曰く、「スペイン3位、ヨーロッパで9位のチームである」とのこと。


■アトレティコ・マドリードの歴史

クラブの起源は、バスクの名門クラブ、アスレティック・ビルバオがマドリードに設置した姉妹チームに遡る。現在はその関係は切れてはいるが、チームカラーがビルバオと同じ系統であるのはそのためである。同じマドリードを本拠とするライバルのレアル・マドリードが主に富裕層の支持を受けるクラブであったのに対し、アトレティコは主に労働者階級の支持を受けて発展してきたクラブである。そういった経緯もあって、現在でもアトレティコはスペインでも有数の熱狂的なサポーターに支えられたチームである。

現在のクラブ名になったのは1947年。この頃から徐々にチームは勢いを増していく。特に、後にインテルにグランデ・インテルと称される黄金期を齎すことになるアルゼンチン人の名将エレニオ・エレーラが就任してからは、モロッコ人ベン・バレクらを擁するチームが国内リーグを連覇。エレラが去って以降もチームは勢いを増し、60年代にかけて黄金期を現出する。惜しむらくは、同時期にアルフレッド・ディ・ステファノのレアル・マドリー、ラディスラオ・クバラのバルセロナという余りに強大な敵が国内に存在したことから国内でのタイトルを積み上げられず、結果欧州レベルでの実績を挙げることができなかった点であろう。1959年にはチャンピオンズカップの準決勝まで駒を進めているが、立ちはだかったのは仇敵レアル・マドリーであった。結局、黄金時代のアトレティコが得た国際タイトルといえば、1962年のUEFAカップウィナーズカップ優勝のみに止まっており、その実力に比してあまりに寂しい結果に終わっている。

1974年にはUEFAチャンピオンズカップで決勝戦に進出。バイエルン・ミュンヘンを相手に0-0のまま延長戦に持ち込み、114分のルイス・アラゴネスのゴールで先制を果たすと、このまま延長戦終了間際までリードを保つ。しかし誰もがアトレティコのビッグイヤー獲得を確信した試合終了30秒前、シュヴァルツェンベルクに30メートル以上のミドルシュートを叩き込まれ、欧州No.1の座を目前に土壇場で同点に追いつかれてしまう。結局2日後の再試合では敗れ、準優勝に終わってしまった。しかし、その後出場を辞退したバイエルンにかわって出場したインターコンチネンタルカップ(あるいはトヨタカップ、現在はFIFAクラブワールドカップに統合)では、アルゼンチンのインデペンディエンテを降し、見事世界一の座に輝いた。なおスペインにおいて、インターコンチネンタルカップを獲得しているクラブは、レアル・マドリードとこのアトレティコだけである。

1987年には事業家のヘスス・ヒルが会長に就任。ヒルは潤沢な資金をアトレティコに投下し強化を推進する一方で、下部組織を解散(結果、そこに所属していたラウル・ゴンサレスは最大のライバルであるレアル・マドリードへと移籍し、後にマドリードのスター選手となる)させたり、また勝てなければ即監督の首を切り、ギロチン・ヒルと揶揄されるなど独裁的な人物としてつとに有名であった。このヒル会長は、アトレティコに数多くの栄光と挫折を味わわせることになる。

1995-1996シーズンには、スペイン史上初めてリーガ・エスパニョーラとコパ・デル・レイの二冠を達成、これはヒル会長の敢行した大型補強の成果といえる。他方、1999-2000シーズンにはカルロス・アギレラやジミー・フロイド・ハッセルバインク等の数々の有名選手を擁しながら、不振を極め、2部降格の憂き目に遭っているがこの不振も会長による独裁の結果、若手育成や継続的補強ができなかったことに起因するものとされる。しかし2部に落ちた時も、ソシオの数は増え続けたり、テレビの放送の数がほとんど減らず、経済的打撃をほとんど受けなかった。さらに、この前年プリメーラ・ディビシオンで得点王を獲得したサルバ・バジェスタが加入するなど、アトレティコがスペインにおいていかに特別なクラブであるかを如実に物語るエピソードも数多い。

1年での1部復帰も叶わず、名将ルイス・アラゴネス(現スペイン代表監督)を招聘し、新星フェルナンド・トーレスの台頭等もあって、ようやく2002-2003シーズンに1部復帰を果たした。

2003年にはヘスス・ヒルが会長から退任したが、低迷を続けるアトレティコが上昇のきっかけをつかむことはできなかった。

不振が続く中、2005-2006シーズンには南米随一の名将と言われるカルロス・ビアンチが監督に就任し、クラブはマルティン・ペトロフ、マキシ・ロドリゲス、マテヤ・ケジュマン、ルシアーノ・ガジェッティ等ワールドクラスのプレーヤーの補強を次々敢行。優勝候補の一角にも挙げられたが、予想に反しチームは低迷。前半戦終了を待たずしてビアンチは解任された。その後、下部組織からぺぺ・ムルシアが監督に就任。その後は14年ぶりの6連勝を果たすなど一時調子を上げたが、マキシ・ロドリゲスが代表召集中に怪我をしてから再び失速、最終的には10位でシーズンを終えている。

2006-2007シーズンには、メキシコ代表やオサスナで実績を挙げた名将ハビエル・アギーレを招聘。更にもはや恒例となった大型補強をし、チームの再建を図った。だがリーガ最終順位は7位と低迷を脱する事はできなかった。

ちなみにアトレティコは、1930年代後半から1940年代前半には軍隊のチームとなり、アトレティコ・アビアシオンという名称だった時期がある。9回の優勝のうち2回はその名称の時に獲得したものである。現在、その名称はアトレティコの下部組織の名前として残っている。


■アトレティコ・マドリードのタイトル

▽国内タイトル

リーグ : 9回

1939年~1940年
1940年~1941年
1949年~1950年
1950年~1951年
1965年~1966年
1969年~1970年
1972年~1973年
1976年~1977年
1995年~1996年


コパ・デル・レイ : 9回

1960年
1961年
1965年
1972年
1976年
1985年
1991年
1992年
1996年


スペインスーパーカップ : 1回
1985年


▽国際タイトル

インターコンチネンタルカップ:1回
1974年


UEFAカップウィナーズカップ : 1回
1961年~1962年


■アトレティコ・マドリードの過去の成績

1985-1986 プリメーラ・ディビシオン  5位  コパ・デル・レイ 
1986-1987 プリメーラ・ディビシオン  7位  コパ・デル・レイ 準優勝
1987-1988 プリメーラ・ディビシオン  3位  コパ・デル・レイ 
1988-1989 プリメーラ・ディビシオン  4位  コパ・デル・レイ 
1989-1990 プリメーラ・ディビシオン  4位  コパ・デル・レイ 
1990-1991 プリメーラ・ディビシオン  2位  コパ・デル・レイ 優勝
1991-1992 プリメーラ・ディビシオン  3位  コパ・デル・レイ 優勝
1992-1993 プリメーラ・ディビシオン  6位  コパ・デル・レイ 
1993-1994 プリメーラ・ディビシオン 12位  コパ・デル・レイ 
1994-1995 プリメーラ・ディビシオン 14位  コパ・デル・レイ 
1995-1996 プリメーラ・ディビシオン  1位  コパ・デル・レイ 優勝
1996-1997 プリメーラ・ディビシオン  5位  コパ・デル・レイ 
1997-1998 プリメーラ・ディビシオン  7位  コパ・デル・レイ 
1998-1999 プリメーラ・ディビシオン 13位  コパ・デル・レイ 準優勝
1999-2000 プリメーラ・ディビシオン 19位  コパ・デル・レイ 準優勝
2000-2001 セグンダ・ディビシオン   4位  コパ・デル・レイ 準決勝敗退
2001-2002 セグンダ・ディビシオン   1位  コパ・デル・レイ 1回戦敗退
2002-2003 プリメーラ・ディビシオン 12位  コパ・デル・レイ 準々決勝敗退
2003-2004 プリメーラ・ディビシオン  7位  コパ・デル・レイ 準々決勝敗退
2004-2005 プリメーラ・ディビシオン 11位  コパ・デル・レイ 準決勝敗退
2005-2006 プリメーラ・ディビシオン 10位  コパ・デル・レイ 5回戦敗退
2006-2007 プリメーラ・ディビシオン  7位  コパ・デル・レイ 5回戦敗退


■アトレティコ・マドリードの現所属メンバー

▽監督  
ハビエル・アギーレ Javier Aguirre Onaindía オサスナ  

▽GK
1 イバン・クエジャル Iván Cuéllar Sacristán アトレティコ・マドリーB  
13 イスマエル・ゴメス・ファルコン Ismael Gómez Falcón アトレティコ・マドリーB
25 レオ・フランコ Leonardo Neoren Franco マジョルカ  
― クリスティアン・アッビアーティ Christian Abbiati ACミラン  

▽DF
2 ゲオルギオス・セイタリディス Georgios Seitaridis ディナモ・モスクワ  
3 アントニオ・ロペス Antonio López Guerrero オサスナ  第2主将
4 マリアーノ・ペルニーア Mariano Andrés Pernía ヘタフェ  
12 ファビアーノ・エレル Fabiano Eller dos Santos インテルナシオナル  
14 ゼ・カストロ José Eduardo Rosa Vale Castro "Zé Castro" アカデミカ・コインブラ  
18 フアン・バレーラ Juan Valera Espín ムルシア  
21 ルイス・ペレア Luis Amaranto Perea ボカ・ジュニオルズ  
22 パブロ・イバニェス Pablo Ibañez Tébar アルバセテ  

▽MF
5 ペテル・リュクサン Peter Bernard Luccin セルタ・デ・ビーゴ  
6 コスティーニャ Francisco José da Costa, "Costinha" ディナモ・モスクワ  
8 ガビ Gabriel Fernández Arenas ヘタフェ  
11 マキシ・ロドリゲス Maximiliano Rubén Rodríguez エスパニョール
15 フラド José Manuel Jurado Marín レアル・マドリード  
17 マルティン・ペトロフ Martin Petrov ヴォルフスブルク  
19 ミゲル Miguel Ángel de las Cuevas Barberá エルクレス  
20 マニシェ Nuno Ricardo Oliveira Ribeiro, "Maniche" ディナモ・モスクワ  
― ラウル・ガルシア Raúl García Escudero オサスナ  
― ルイス・ガルシア Luis Javier Garcia Sanz リバプール  
― クレーベル・サンタナ Cleber Santana Loureiro サントス  

▽FW
10 セルヒオ・アグエロ Sergio Leonel Agüero インデペンディエンテ  
23 ミスタ Miguel Ángel Ferrer Martínez, "Mista" バレンシア  
― ディエゴ・フォルラン Diego Forlán ビジャレアル
 

■アトレティコ・マドリードの歴代会長

エンリケ・アジェンデ: 1903
エドゥアルド・デ・アチャ: 1903-1907
リカルド・デ・ゴンドラ: 1907-1909
ラモン・デ・カルデナス: 1909-1912
フリアン・ルエテ: 1912-1919
アルバロ・デ・アギラル: 1919-1920
フリアン・ルエテ: 1920-1923
フアン・デ・エステファニア: 1923-1926
ルシアーノ・ウルギホ: 1926-1931
ラファエル・ゴンサーレス: 1931-1935
ホセ・ルイス・デル・バジェ: 1935-1936
ホセ・マリア・フェルナンデス: 1936-1939
フランシスコ・ビベス: 1939
ルイス・ナバロ: 1939-1941
マヌエル・ガジェゴ: 1941–1945
フアン・トウソーン: 1946-1947
セサレオ・ガリンデス: 1947-1952
マルケス・デ・ラ・フロリダ: 1952-1955
フアン・スエボス: 1955
ハビエル・バロッソ: 1955-1964
ビセンテ・カルデロン: 1964-1980
リカルド・イレサーバル: 1980
アルフォンソ・カベサ: 1980-1982
アントニオ・デル・オヨ: 1982
アグスティン・コトルエロ: 1982
ビセンテ・カルデロン: 1982-1986
フランシスコ・カステド: 1986-1987
ヘスス・ヒル: 1987-2003
エンリケ・セレソ: 2003-


■アトレティコ・マドリードの歴代監督

エレニオ・エレーラ 1950-1951 
セサール・ルイス・メノッティ 1987-1988
ホセ・マリア・マクレギ
ロン・アトキンソン
コリン・アッディソン
ハビエル・クレメンテ
ホアキン・ペイロ
イセリン・サントス・オベヘーロ
ルイス・アラゴネス 1991-1992、
オマール・パストリーサ
エクトル・エレディーア
ジャイル・ペレイラ
エミリオ・クルス
ホセ・ルイス・ロメーロ
フランシスコ・マツラナ
アルフィオ・バシーレ
ラドミール・アンティッチ 1995-1998、1999
アリゴ・サッキ 1998
クラウディオ・ラニエリ 1999
フェルナンド・サンブラーノ
マルコス・アロンソ
カルロス・ガルシア・カンタレホ
ルイス・アラゴネス 2001-2003
グレゴリオ・マンサーノ2003-2004
セサル・フェランド(スペイン)2004-2005
カルロス・ビアンチ(アルゼンチン) 2005-2006 途中解任
ペペ・ムルシア(スペイン) 2006-2006 途中就任
ハビエル・アギーレ (メキシコ) 2006-


■アトレティコ・マドリードの歴代所属選手

▽GK
フランシスコ・モリーナ(スペイン) 1995-2000
ヘルマン・ブルゴス(アルゼンチン) 2001-2004
レオ・フランコ(アルゼンチン) 2004-
リカルド・ロペス(スペイン)

▽DF
カルロス・アギレラ(スペイン) 1987-1993、1996-2005
サンティ・デニア(スペイン) 1995-2005
ホセ・アントニオ・チャモ(アルゼンチン) 1998-1999
ステファノ・トリージ(イタリア) 1998-1999
セルソ・アジャラ(パラグアイ) 1999-2000
ホアン・カプデビラ(スペイン) 1999-2000
カルロス・ガマーラ(パラグアイ) 1999-2000
ガルシア・カルボ(スペイン) 2001-2006
ファブリシオ・コロッチーニ(アルゼンチン) 2002-2003
コスミン・コントラ(ルーマニア) 2002-2004
ゴンサロ・デ・ロス・サントス(ウルグアイ) 2003-2004
セルジ・バルフアン(スペイン) 2002-2005
マティアス・レキ(アルゼンチン) 2003-2004
アントニオ・ロペス(スペイン) 2004-
パブロ・イバニェス(スペイン) 2004-
ルイス・ペレア(スペイン) 2004-
フアン・ベラスコ(スペイン) 2004-2006
マリアーノ・ペルニーア(スペイン) 2006-
ゼ・カストロ(スペイン) 2006-
ミケーレ・セレーナ(イタリア)

▽MF
エウセビオ・サクリスタン・メナ(スペイン) 1987-1988
パウロ・フットレ(ポルトガル) 1987-1992、1997-1998
ドナト・ガマ・ダ・シルバ(スペイン) 1988-1993
ベルント・シュスター(ドイツ) 1990-1993
ホセ・ルイス・カミネロ(スペイン) 1993-1998
ディエゴ・シメオネ(アルゼンチン) 1994-1997
ウラジミール・ユーゴビッチ(セルビア・モンテネグロ) 1995-1997
ミリンコ・パンティッチ(セルビア・モンテネグロ) 1995-1998
クイントン・フォーチュン(南アフリカ) 1996-1999
ラデク・ベイブル(チェコ) 1996-2000
ルーベン・バラハ(スペイン) 1996-2000
ジュニーニョ・パウリスタ(ブラジル) 1997-1999
サンティアゴ・ソラーリ(アルゼンチン) 1998-2000
フアン・カルロス・バレロン(スペイン) 1998-2000
ゾラン・ニエグス(セルビア・モンテネグロ) 1998-2001
ホセ・マリア・モビージャ(スペイン) 2001-2003
デメトリオ・アルベルティーニ(イタリア) 2002-2003
エメルソン・モイセス・コスタ(ブラジル) 2002-2003
ルイス・ガルシア(スペイン) 2002-2003、2007-
アルバロ・ノボ(スペイン) 2003-
キキ・ムサンパ(オランダ) 2003-2005
アリエル・イバガサ(アルゼンチン) 2003-2006
ペテル・リュクサン(フランス) 2004-
ゴンサーロ・コルサ(スペイン) 2004-2006
イェスパー・グレンケア(デンマーク) 2005
ルシアーノ・ガジェッティ(アルゼンチン) 2005-2007
ウーゴ・レアル(ポルトガル)
ジョバン・スタンコビッチ(セルビア・モンテネグロ)

▽FW
フリオ・サリナス(スペイン) 1986-1988
キコ(スペイン) 1993-2001
フェルナンド・コレア(ウルグアイ) 1995-1996、1998-2003
ファン・エスナイデル(アルゼンチン) 1996-1997
サンティアゴ・エスケーロ(スペイン) 1996-1998
ヴェリコ・パウノヴィッチ(セルビア) 1996-1998、1999-2000、2000-2001、2003-2004
クリスティアン・ヴィエリ(イタリア) 1997-1998
ホセ・マリ(スペイン) 1997-2000、2002-2003
ジミー・フロイド・ハッセルバインク(オランダ) 1999-2000
フェルナンド・トーレス(スペイン) 2000-2007
サルバ・バジェスタ(スペイン) 2000-2001、2004-2005
マヌ・デル・モラル(スペイン) 2002-2003、2005-2006
ハビエル・アリスメンディ(スペイン) 2003-2004、2005-2006
マテヤ・ケジュマン(セルビア) 2005-2006
マルティン・ペトロフ(ブルガリア) 2005-
マキシ・ロドリゲス(アルゼンチン) 2005-
セルヒオ・アグエロ(アルゼンチン) 2006-
ハビ・モレーノ(スペイン)
ジョルディ・ラルディン(スペイン)
フェルナンド・マルケス(スペイン)


■アトレティコ・マドリードのスタジアム移転問題

アトレティコは慢性的な財政難に悩まされており、2004年にはホームスタジアムを売却するという話が持ち上がった。アトレティコの現在のホームスタジアムであるビセンテ・カルデロンは、その下を高速道路が通過するという特異な構造を有するものであり、その拡張のためスタジアムの撤去を望んでいたマドリード州自治政府との利害関係が一致した結果であるとのことである。

しかしスタジアム売却後にアトレティコのホームスタジアムとなる予定のラ・ペイネタは、現在の場所から遠い、しかもレアル・マドリードの勢力の強い地域にあるスタジアムであり、また陸上グラウンドも併設されたものであることから、サポーターの不興を激しく買った。

この計画は、2012年マドリード五輪の招致に伴うラ・ペイネタの拡張計画を前提とするものであったため、五輪招致の頓挫によりその先行きは不透明になったが、計画自体は生きており、現在でもサポーターの反対運動が続いている。






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