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ACミラン(Associazione Calcio Milan s.p.a)は、イタリア・ミラノを本拠地とするサッカークラブチーム。クラブカラーからロッソ・ネロ(イタリア語で「赤と黒」、複数形でロッソ・ネリとも)またはディアボロ(イタリア語で「悪魔」)の愛称で呼ばれる。


■ACミランの概要

1899年にミラノ在住のイギリス人アルフレッド・エドワーズが中心となって、「ミラン・クリケット・アンド・フットボール・クラブ」(Milan Cricket and Football Club)を創設し、その後上記の通り「ミラン・アソシアツィオーネ・カルチョ」と名称は変更されたがMilanだけは英語のまま残った。(イタリア語ではMilanoである)。クラブ名のうちアソシアツィオーネAssociazioneは英語ではAssociationつまり協会でAssociazione Calcioはサッカー協会となる。つまり全体では「ミラノサッカー協会」が正しい訳語となる。Milanが英語であるため、ACの部分がAthletic Clubだと誤解される場合が多い。

同じ街の同じスタジアムを本拠地とするインテルとは永遠のライバル関係にあり、ミラノダービーと呼ばれる対戦は街を二分する盛り上がりを見せる。


■ACミランの歴史

1980年代初め、八百長疑惑の制裁でセリエBに降格したが、後にイタリア首相を務めるシルヴィオ・ベルルスコーニが会長に就任して有力選手を大補強し、クラブを立て直した。当時はほぼ無名だったが、後にこのチームでサッカーに革命を起こすことになるアリゴ・サッキを監督として起用し、キャプテンのフランコ・バレージを中心に、ルート・フリット、フランク・ライカールト、マルコ・ファン・バステンといったオランダトリオの活躍もあり、1989年、1990年と立て続けにUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)を制覇した。1990年代になると、バレージの他にもパオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・コスタクルタ、デメトリオ・アルベルティーニの3人が中心になり、ファビオ・カペッロ監督(現レアル・マドリード監督)のもとで、無敗優勝を含むセリエA三連覇やチャンピオンズリーグ三年連続決勝進出などの偉業を達成した「グランデ・ミラン」(偉大なミラン)や「グリ・インヴィンチービリ」(無敵のミラン)と呼ばれる黄金期を支えた。バレージを含めたこの4人は、ミラン栄光のバンディエラ(入団から引退まで同じクラブでプレーし続けたプレーヤーを指す)と言っても過言ではない。90年代の栄光を支えたほとんどの選手が現役を引退した現在でも、2002-03シーズンからの5シーズンで全てのシーズンの準々決勝進出、準決勝進出4回、決勝進出3回と、2006年現在のUEFAチームランキング1位クラブにふさわしい記録を残している。チャンピオンズリーグ6回の優勝はレアル・マドリードの9回に次ぐ歴代2位の記録であり、この記録はイタリア国内でチャンピオンズリーグを制覇した経験のある他の2チームの記録(インテル・ミラノ、ユヴェントスはともに2回)を大きく引き離している。またチャンピオンズリーグで5度の優勝、或いは3連覇を達成したクラブにはビッグイヤー(優勝杯)の永久保持が認められているが、同時にビッグイヤーのロゴと優勝回数が書かれたワッペンがユニフォーム左袖につけられることが許される。このワッペンをつけているのは、ACミラン、レアル・マドリード、リヴァプールFC、アヤックス・アムステルダム、FCバイエルン・ミュンヘンの5クラブのみである。

過去40年間でこのチームのキャプテンマークを付けたのはチェーザレ・マルディーニ、ジャンニ・リベラ、フランコ・バレージ、パオロ・マルディーニの4人しかいない。

2006年、セリエAの審判買収疑惑を含む八百長疑惑で、2005-2006年シーズンのリーグ戦での勝ち点-44点(事実上の2006-2007年シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権剥奪)、-15点での2006-2007年国内リーグ戦開始、という処分がイタリアサッカー協会のスポーツ裁判所によって下された。しかしこれに対してクラブは上告、控訴審では処分が軽減され、2005-2006シーズンの勝ち点が-30点とされ、2006-2007年シーズンは-8点でのスタートという判決が下った。2005-2006シーズンの勝ち点は58となり、3位扱いとしてUEFAチャンピオンズリーグ出場が決まった。

2006-07シーズンでは、勝ち点-8点というハンディキャップ以上に、移籍したストライカーアンドリー・シェフチェンコの穴を埋めることが出来ずに苦しんだ。そして2007年1月、レアル・マドリードで出場機会を失っていたロナウドを完全移籍で獲得した。


■ACミランの過去の成績

2005-2006 セリエA 2位→3位 ①
2004-2005 セリエA 2位
2003-2004 セリエA 1位
2002-2003 セリエA 3位
2001-2002 セリエA 4位
2000-2001 セリエA 6位
1999-2000 セリエA 3位
1998-1999 セリエA 1位
1997-1998 セリエA 10位
1996-1997 セリエA 11位
1995-1996 セリエA 1位
1994-1995 セリエA 4位
1993-1994 セリエA 1位
1992-1993 セリエA 1位
1991-1992 セリエA 1位
1990-1991 セリエA 2位
1989-1990 セリエA 2位
1988-1989 セリエA 3位
1987-1988 セリエA 1位
1986-1987 セリエA 5位

①二度目の八百長の罰により勝点を30減点されたため、最終順位が変更されている。



Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
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