サッカーの用語・戦術と技術・ルールの掲載
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ミヒャエル・バラック(Michael Ballack、1976年9月26日 - )は、ドイツ・ゲルリッツ(旧東ドイツ)出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ・センターハーフ)。


■ミヒャエル・バラック

ドイツに古くから存在する少数民族のソルブ人で、ポーランド人やチェコ人などと同じ「西スラヴ民族」であり、ドイツで優勢なゲルマン民族ではない。旧東ドイツ出身者としては、初めて統一後の代表チームでキャプテンを務める。


■ミヒャエル・バラックの経歴

1997年、ブンデスリーガ・カイザースラウテルンに入団。レギュラーとして定着し、能力の高さを発揮する。 1999年にはバイヤー・レバークーゼンへ移籍するとドイツ代表にも招集され、同年4月28日のスコットランド戦で代表デビューを果たす。2001年/2002年シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ・国内リーグ・国内カップ戦でそれぞれ準優勝に貢献した。

2002年にはブンデスリーガの強豪クラブであるバイエルン・ミュンヘンに加入し、中盤の核として活躍。 日韓W杯準決勝では、味方のミスをカバーする為、イエローカードをもらうと累積で決勝に出場できなくなる事を知りながら、戦術的ファウルを犯しイエローカード2枚目をもらってしまう。直後にチームを決勝へと導くゴールを挙げるが、バラックを欠いたチームは決勝で敗退。 その活躍ぶりから同クラブのかつての名選手・フランツ・ベッケンバウアーの後継者との評価も高く、ベッケンバウアーのニックネーム「皇帝」に準え、バラックは「小皇帝(kleiner Kaiser)」と呼ばれていたが、現在は「新皇帝」と呼ばれている。2006年5月にバイエルン・ミュンヘンからFAプレミアリーグのチェルシーに移籍した。

しかし、チェルシーではチームにまだ馴染めず、能力を出し切れていない感がある。チームの戦術の事もあり、脅威の得点力を発揮できていない。

現在ドイツ代表チームでも主将を務めており、自国開催となる2006年・ドイツW杯では得点こそできなかったが、そのゲームメイク力とキャプテンシーで自国を3位に導く活躍を見せた。

余談だが、元ドイツ代表・ピエール・リトバルスキーのサッカー番組での発言によれば、バラックはあだ名として「バッカ」と呼ぶようである。ドイツ国内では「ミヒャ」と呼ばれる方が多い。


■ミヒャエル・バラックのプレイスタイル

大柄な体を生かした高いキープ力と強靭なフィジカルを持ち、ピッチ上のあらゆる場所から試合を組み立てる能力を持つ。また長短のキックの精度も非常に精密であり、アシスト能力も高い。攻撃能力についても強烈なミドルシュート、高い打点のヘディングで相手を粉砕する。ミッドフィールダーながらフォワード並の得点力を備えている数少ない選手でもある。しかし、スピードについては自ら不足を認めている。左右キックが正確なのは、ユース時代に徹底的に練習したため。ヘディングの上手さは歴代 ミッドフィルダーの中でも屈指である。


■ミヒャエル・バラックのクラブ歴

FCカール・マルクス・シュタット/ケムニッツFCユース(東ドイツ/ドイツ)1983-1995
ケムニッツFC(ドイツ)1995-1997
カイザースラウテルン(ドイツ) 1997-1999
バイヤー・レバークーゼン(ドイツ) 1999-2002
バイエルン・ミュンヘン(ドイツ) 2002-2006
チェルシーFC(イングランド) 2006-



Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
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