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マイケル・オーウェン(Michael Owen、1979年12月14日 - )は、イギリス・チェスター出身のサッカー選手(FW)。


■マイケル・オーウェンの経歴

リバプールのユースチームで才能を発揮し、1995年にリバプールとプロ契約を交わす。1997年5月にプロデビューを果たすと、1998年2月にはイングランド代表史上最年少で代表に招集され、5月には初ゴールをマーク。さらに18歳のときフランスW杯に出場しアルゼンチン戦ではセンターサークルあたりからドリブルで独走して、ディフェンダー2人を抜き去り、敵陣を一人で切り裂くという鮮烈なゴールを決め、サッカーファンの度肝を抜き、「ワンダーボーイ」と呼ばれて、世界にその名をとどろかせた。

FAプレミアリーグでは1997-1998、1998-1999の2シーズンで得点王を獲得。2001年にはバロンドールを獲得した。

日本では2003年12月から洋服の青山のCMに出演している。2004年にはリーガ・エスパニョーラ・レアル・マドリードへ移籍したが、ロナウド、ラウールらスーパースターがいるためなかなかスタメンに定着できず、監督に「試合に出してくれ」と直訴したこともある。途中出場で結果も出し続けたがそれでもレギュラーは奪えず、出場機会を求め2005-2006シーズンより故郷であるイングランドに戻り、アラン・シアラーの誘いでニューカッスル・ユナイテッドへ移籍した。

期待されて臨んだ2005/2006年シーズンだったが、職業病とも言える中足骨の骨折により大半を棒に振る。その後、最先端の医学を駆使して治癒させた後、2006年5月8日、自身3度目となるドイツW杯のメンバーに選ばれるも、6月20日に行われたグループリーグ最終戦、対スウェーデン戦の試合開始1分で右ひざの十字靭帯を断裂。全治5ヶ月の怪我を負ってしまい、チームから離脱してしまった。ちなみに試合開始1分での退場はワールドカップ記録である。

イングランド代表得点ランクで歴代第3位(現役第1位)の36得点を誇る。ここ10年間、サッカーの母国のイングランドの絶対的なエースとなっている。近年は慢性的な怪我により十分な活躍をすることが出来ていないが、まだまだこれからもイングランド代表のエースとしてウェイン・ルーニーとともに活躍するだろう。

趣味はゴルフと競馬。競馬好きは相当の熱の入れようで、年間1億円近く負けてるらしい。(本人談)また、日韓大会でも競馬をやっていたほど。2005年6月、幼馴染のルイーズ・ボンサルと結婚した。なお二人の間には、2003年5月に誕生した娘が一人いる。生真面目で物静かな好青年と評されており、デイヴィッド・ベッカムやウェイン・ルーニーとは仲は良いものの好対照である。

オーウェンがレアルマドリーからイングランドのニューカッスル・ユナイテッドに移籍し、2006年12月26日、初めて敵としてアンフィールドに帰還した時、アンフィールドのファンはマイケルに対して愛憎入り混じった感情を胸に秘めていた。事実、試合前の選手紹介では、Booと同じ位の拍手がKopグランドスタンドやメインスタンドからマイケルに送られた。 またオーウェンが試合中に初めてボールを受けた時も、一部のファンから「'Where were you in Istanbul?'=イスタンブールの何処にいたんだ?(CL決勝の地イスタンブールまで進めなかった、チームやそれに所属する選手を皮肉って歌う) 」のチャントが出たものの、それほど感情的なものではなかった。事実いまだにリバプールFCのファンの間でのマイケル・オーウェンの扱いは「Legend=伝説」と「Judas=裏切り者」の評価が五分五分である。

しかし、試合の後半、シャビ・アロンソに対するファウルによって、リー・ボウヤーがレッドカードを受けると、アンフィールドの雰囲気が一変する。 マイケルがボールを受ける度、前述した「'Where were you in Istanbul?' 」はもちろん、「'what a waste of your talent!'=マドリーなんかに行って、試合から干される、なんていう才能の無駄遣い!(皮肉)」や「you've joined the big club!=ビッグクラブ(ニューカッスル)に移籍しておめでとう。(オーウェンはリバプールからマドリーに移籍する際、チャンピオンズリーグに優勝できるビッグクラブに移籍したい、と発言し、アンフィールドのファンを大いに落胆させた。皮肉にもマイケルが移籍した年、リバプールはチャンピオンズリーグで5度目の優勝を遂げる。 しかし1年後には北東部のクラブであるニューカッスルへ戻ってきた。ニューカッスルはチャンピオンズリーグ出場の常連では、もちろんない。そのための皮肉)」

マージーサイドのスカウザー(=Scouseというアクセントを話す英国人。リバプール市内やマージーサイド方面の訛り。キャラガーの訛りが代表的な例。)のマイケル・オーウェンに対する心情は、マイケル以前にもマッカ(マクマナマン)事件や、 (=マッカはボスマン条約によって無料でマドリーに引き抜かれた後、有名な"銀河系軍団"の形成に巻き込まれ、飼い殺しに近い扱いになり、主にベンチを暖めるようになったあげく、怪我もありマドリーを解雇された。) さらにはジェラードまでがマドリーの引き抜きのターゲットになるなど、オーウェン個人以外の要素が複雑に絡みあうため、非常に微妙なものがある。またこのような一連の出来事のためスカウザーにとって「マドリード」とは忌み嫌われる怨念の地の代名詞でもある。

このスカウザー達の複雑な心情がボウヤーのレッドカードによって一気に爆発したため、上記のような容赦ないブーイングがマイケルに浴びせられた。このことに対して、オーウェンと共にリヴァプールアカデミー出身のキャプテン、スティーヴン・ジェラードは『マイケルは今でもリヴァプールのレジェンドでファンは拍手で歓迎するべきだ』とコメントし、また試合後にもジェラードやキャラガーがマイケルに対するブーイングは非常に残念で悲しかったと発言するなど、オーウェンが未だにリヴァプールの現選手(特にアカデミーから一緒の選手)にとって偉大な存在であることが改めて浮き彫りとなった。

が、当のジェラード本人も、この年の夏、CL優勝したのでリバプールに残留すると言ったにも関わらず、土壇場でチェルシーへ移籍しかかり、激怒した1部のファンがアンフィールド(注:しかもシャンクリーの銅像の近辺で、である)でジェラードのユニフォームを燃やすという事件が発生しており、Kopのマイケルに対する激烈な反応をみて、ジェラード自身チェルシーに移籍していたら無事では済まない、という事を再認識したと思われる。

このような一連のオーウェンとジェラードの例もあり、1部のファンにとっては、本当のローカルヒーローはジェラードではなく、ジェイミー・キャラガーとロビー・ファウラーだけだと主張する者も居る。(キャラガーはリバプール以外のチームでプレーする事に全く興味はなく、ファウラーはアカデミー上がりであったがウリエとの確執でシーズン途中なのにリーズに売却された。ちなみにファウラーはリバプールアカデミーに入る前はエヴァートンのファンでイアン・ラッシュの事が大嫌いだったらしい。理由はラッシュがリバプール黄金時代のエースとして点を取りまくり、エヴァートンに5-0で勝ったりと、トフィーのファンにとって”ラッシィー”は目の上のタンコブであった。これはLFCの有名なチャントの一部でもある。=Poor Scouser Tommy.)

ジェラードは今でもオーウェンとイングランド代表だけでなく、リヴァプールでもプレーを行いたいとの発言をし続けており、かなり多くのリヴァプールサポーターもオーウェンの『レッズ復帰』を心から待ち望んでいる。 また、今現在においても、オーウェンのことを「Judas」と呼ぶ一部スカウザー達も、もしマイケルの復帰が実現すれば掌を返すように歓迎する雰囲気は多分にあるだろう。


■マイケル・オーウェンの所属チーム

リバプール(イングランド) 1995-2004
レアル・マドリード(スペイン) 2004-2005
ニューカッスル・ユナイテッド(イングランド) 2005-




Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
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