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アレッサンドロ・ネスタ(Alessandro Nesta, 1976年3月19日 - )は、イタリア・ローマ出身のサッカー選手。ACミラン所属。ポジションはDF。

その風貌はとてもハンサムで、「一番かっこいいサッカー選手」に選ばれたこともある。 17歳でラツィオからデビューし、その後10代後半から主力として活躍。20代前半でラツィオのキャプテンを任された。同じくローマ出身であり、若くしてライバルチームであるASローマのキャプテンとなったフランチェスコ・トッティとはライバルであり、よき親友、常に比較されていた。1999-2000シーズンのスクデット獲得の際にもチームを牽引した。2002年、ラツィオの財政難が原因でACミランに移籍。当時ラツィオのシンボルであったネスタの移籍は衝撃的なものであり、ローマではラツィオサポーターが抗議行動を起こすほどのものであった。移籍後も高いパフォーマンスで活躍を続けており、チームに大きく貢献している。

チームの監督に「彼はなろうと思えば何にでもなれた。ただやっていたのがディフェンダーだっただけだ。」と言わしめたほど多才である。

少年時代にASローマからスカウトされたが、父親が同じローマのラツィオの熱狂的なファンであったことから、これを断ったという逸話が残っている。


■アレッサンドロ・ネスタのプレースタイル

よく言えば穴のないオールラウンドな選手で特筆すべき特徴とがないのが特徴といえる。 背が高く身体能力に恵まれ、1対1や競り合いにも強く、走力やスタミナも非常に高い。統率力、読みやカバーリング能力なども高いレベルで持っている。DFに必要とされる能力全てを兼ね備え、現代のディフェンダーの理想系とされている。世界最高のDFと評される事も多い。


■アレッサンドロ・ネスタとワールドカップ

DFとして世界的な名声を得ているネスタであるが、ことワールドカップに関しては才能を遺憾なく発揮しているとは言いがたい。 1998年フランスワールドカップではグループリーグのオーストリア戦にて負傷し、決勝トーナメントは不出場に終わる(イタリアはベスト8敗退)。 2002年日韓共催ワールドカップでもグループリーグのクロアチア戦にて負傷し、決勝トーナメントは不出場に終わってしまう(イタリアはベスト16敗退)。 捲土重来を期して臨んだ2006年ドイツワールドカップであったが、またもやグループリーグのチェコ戦にて負傷してしまい、決勝トーナメントでの出場は叶うことはなかった。 ドイツワールドカップにてイタリア代表は24年ぶり4度目のワールドカップ制覇を成し遂げたものの、ネスタ個人にとってワールドカップはまさに鬼門となりつつある。


■アレッサンドロ・ネスタの所属クラブ

ラツィオ 1993-2002
ACミラン 2002-



Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
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