サッカーの用語・戦術と技術・ルールの掲載
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ジーコ(Zico、本名アルトゥール・アントゥネス・コインブラ〔Arthur Antunes Coimbra〕、1953年3月3日 - )は、ブラジル出身のサッカー選手、現サッカー指導者である。

「Zico」は「やせっぽち」の意味で、より原音に近い表記をすればズィッコとなる。現在でも、ブラジルではペレやF1のセナと並ぶ国民的英雄である。


■ジーコのプロフィール

父親はポルトガル系移民である。元鹿島アントラーズ監督のエドゥーを含む兄2人もサッカー選手だった。 幼少時代は、兄たちに混じってサッカーをすることが多かった。体は小さくやせっぽっちだったにも関わらず、テクニックは群を抜いていて上級生に混じっても簡単に活躍できる才能があった。

▽フラメンゴ
入団当初はテクニックは通用するが「やせっぽち」であることが致命的になり、ジーコの肉体改造計画がチームスタッフにより立てられた。その計画により筋トレとホルモン注射などを効率よく行なった。そして、計画は成功して競り合いに負けない強靱な体を手に入れた。その後リオデジャネイロを代表するサッカーチームで、ブラジルリーグの名門、フラメンゴのミッドフィールダーとして活躍し、ホームスタジアムから「マラカナンの英雄」といわれた。また、同じくブラジルサッカー界の英雄であるペレになぞらえ、「白いペレ」とも呼ばれていた。

▽ワールドカップ
FIFAワールドカップでは1978年、1982年、1986年の3大会に出場。1982年のスペイン大会ではソクラテス、ファルカン(元日本代表監督)、トニーニョ・セレーゾ(前鹿島監督)とともに「クワトロ・オーメンズ・デ・オーロ(黄金の4人)」を形成。今も「ブラジルサッカー史上最も魅了したチーム」と称えられる。自身はスルーパスとフリーキックを武器に世界中のファンを魅了した。2002年以降自身が監督に就任した日本代表の中盤を称した「黄金の4人」はこのチームが語源。

▽来日
1990年に一度現役を退き、ブラジルスポーツ省の初代長官に就任したが、1991年に住友金属サッカー部(現・鹿島アントラーズ)に入団。旧2部リーグの弱小チームを日本を代表するサッカークラブに成長させ、Jリーグ初のハットトリック記録など日本のサッカー界を積極的に盛り上げ、鹿島町(現・鹿嶋市)からも表彰される。1994年第1ステージで現役を退き、同チームのテクニカル・アドバイザーとなる。

▽日本代表チーム監督
2002年7月22日にサッカー日本代表チーム監督に就任。

▽2006年以降
日本代表監督を退任後、2006年7月4日にトルコ・シュペルリガのフェネルバフチェの監督に就任。以前より希望していた欧州クラブの監督ではないものの、UEFAに所属しているリーグの監督となった。


■ジーコの評価

2003年には母国ブラジルで過去30年で最も輝いた選手としてジーコが1位に選ばれた。ブラジル国民の大半がインターネットなどで投票し、2位のロナウドとはダブルスコアの大差であった。また、ペレに次ぐブラジル歴代代表3位の66得点(88試合。MFでありながらこの数字には驚くべきである)を刻んだジーコが見事栄冠に輝いた。

サッカー日本代表の親善試合でイギリス遠征中、ジーコやスタッフの待機する控え室にベッカムが「少年時代のヒーローだった」と正装姿で突然訪れたり、ブラジル代表のアドリアーノがジーコのサインを欲しくて中田英寿に直接交渉したりと、現代のスーパープレイヤー達も崇拝する名実共にサッカー界の英雄であり、その知名度ゆえ各国のメディアに対する発言力も大きい。

▽「サッカーの神様」
飛躍的に向上した日本サッカー文化への貢献とネームバリューから、日本では「サッカーの神様」と呼称される事も多い。ただしジーコ自身はカトリック教徒であるため、日本の宗教観念を理解してはいるものの、この呼称を好ましくは思っていない。


■ジーコのプレイスタイル

ブラジルスタイルの抜群のテクニックを持ち、ドリブル、パス、シュートの三拍子を持ち合わせた1980年代の10番の典型。右足から繰り出される長短のパスの正確さは世界最高で、前線に張る選手、背後から飛び出す選手を問わず、絶妙のタイミングで正確無比なパスを飛ばす。むろんプレースキックも大きな武器だった。得点能力という点ではFWを凌駕するほどで、FWの後ろから飛び込むダイレクトプレーを始め、常に得点を狙う攻撃的MFのお手本とも言える。

ジーコが活躍した当時のブラジル代表には才能溢れる選手(ファルカン、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾなど)が沢山いた。その中でなぜジーコが際立って目立ったのだろうか。それは、おそらくジーコが「ボールを持てば何かを起こせる」選手であり、「0からワンプレーで、そして一瞬でチャンスを創り出す」力を持った選手であったからである。これは、ブラジル代表の10番に最も求められる能力で、ペレからジーコへ、ジーコからリバウド、そしてドイツワールドカップではロナウジーニョへと受け継がれてきた。この先にもカカやロビーニョなど、10番を背負うだけの力のある選手たちが次々と現れている。昔とはサッカーのスタイルが変わってしまった現代においてもその伝統は脈々と受け継がれている。



Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://soccerbible.blog93.fc2.com/tb.php/248-289ff33c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。