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ハビエル・ペドロ・サビオラ(Javier Pedro Saviola, 1981年12月11日 - )は、アルゼンチン共和国ブエノスアイレス出身、リーガ・エスパニョーラのFCバルセロナに所属するアルゼンチン代表のサッカー選手。 ポジションはFW。

愛称は「コネホ(ウサギ)」。ヘルマン・ブルゴスが名付け親である。

生家はブエノスアイレス市内でも有数の富裕層が住む住宅街にあり、彼の家も富裕層といえる。 10歳でリーベル・プレートのユースに加入し、1998年に16歳でトップチームに昇格。翌年には大活躍を見せ、南米年間最優秀選手に輝いた。

更に2001年のワールドユースでは、7試合11得点でU-20アルゼンチン代表の優勝に貢献するとともに、自身も得点王とMVPを受賞した。

その活躍が認められて2001年、スペインのFCバルセロナへ移籍。後の移籍までの3年間連続で年間20ゴール以上の活躍を見せた。 前会長ジョアン・ガスパールと結んだ法外な契約とサミュエル・エトーとラーションが加入したことにより2004-2005シーズンにASモナコ、翌年はセビージャへと、相次いでレンタル移籍してプレーした。

レンタル期間の終了によりFCバルセロナへ戻るもそこには2シーズン続けて年間30ゴール以上決めたサミュエル・エトーが大エースとして君臨しており、クラブはレンタル先で著しい結果を残せなかったサビオラを他クラブへ完全移籍させることを切望したが、サビオラ本人は高額な年棒が保障されるバルサとの契約を選択し残留。FCバルセロナ所属のまま2006/07シーズン開幕を迎えた。背番号22が与えられ、プレシーズンのアメリカ遠征にも召集された。

前会長の負の遺産とも言われるサビオラの契約は年棒500万ユーロ以上、さらに1ゴール6000ユーロ+タイトルボーナスと言われており、これはチームメイトのロナウジーニョ、サミュエル・エトーの次に高額でチームの心臓であるデコやシャビよりも高額。

またその幼い顔つきから女性に圧倒的に人気があり、「サビオラは女性にしかサインしない」と揶揄されたこともある。

好きな選手はパブロ・アイマールとシャビ。また、2人とは親友関係にあり、サビオラへのアシストの供給源でもある。


■ハビエル・ペドロ・サビオラのプレースタイル

やや引いた位置でボールを受け、抜群の敏捷性とスプリント力を生かした高速ドリブルやワンツーで相手を置き去りにしゴールを決める。 シュートレンジは広くないもののエリア内での動きは俊敏でヘディングも得意。


■ハビエル・ペドロ・サビオラの所属チーム

1998-1999 リーベル・プレート 20試合 7得点
1999-2000 リーベル・プレート 31試合 17得点
2000-2001 リーベル・プレート 35試合 20得点
2001-2002 FCバルセロナ  36試合 17得点
2002-2003 FCバルセロナ  36試合 13得点
2003-2004 FCバルセロナ  33試合 14得点
2004-2005 ASモナコ     29試合 8得点
2005-2006 セビージャFC  29試合 9得点
2006-2007 FCバルセロナ


■ハビエル・ペドロ・サビオラのタイトル

1999年 アルゼンチン前期リーグ得点王
1999年 アルゼンチン前期リーグ最優秀選手
1999年 アルゼンチン前期リーグ新人王
1999年 南米年間最優秀選手
2001年 FIFAワールドユース選手権 得点王・MVP
2004年 アテネ・オリンピック 金メダル


Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL

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