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カルロス・バルデラマ(Carlos Valderrama、1961年9月2日 - )は、コロンビア・サンタマルタ出身の元同国代表サッカー選手(MF)。

チリチリの長金髪という、強烈な髪型(パーマはあてておらず、地毛である)から「ライオン丸」と呼ばれ、正確なインサイドキックからのスルーパスを武器とした。1987年のコパ・アメリカでの活躍が評価されて同年の南米最優秀選手賞を獲得。以後、コロンビアをイタリアW杯、アメリカW杯、フランスW杯出場へ導いて中心選手(いずれも主将で背番号10)として活躍した。彼のハイライトは1990年大会の一次リーグ最終戦・西ドイツ戦で、終了間際に西ドイツのピエール・リトバルスキーのゴールが決まり、コロンビアの一次リーグ敗退が濃厚と思われた直後、それまで精細を欠いていたヴァルデラマからフレディ・リンコンへ必殺のスルーパスが通り、瀬戸際での同点ゴールが決まり、決勝トーナメント進出を決めた。その大会は西ドイツが優勝したが、コロンビアはその西ドイツに負けなかった唯一のチームであった。

クラブチームではコロンビアのクラブを転々としてキャリアを積んだ後、フランスやスペインのクラブに所属。晩年はアメリカのクラブで過ごし、2003年に現役を引退した。

日本の治安の良さに興味を持ち、Jリーグに移籍するのではないかという話があったが、実現せずに引退している。


■カルロス・バルデラマの経歴

コレヒオ・セレドン(コロンビア) 1971年 - 1977年
ウニオン・マグダレナ(コロンビア) 1978年 - 1983年
ミジョナリオス(コロンビア) 1984年
デポルティーボ・カリ(コロンビア) 1984年 - 1988年
モンペリエHSC(フランス) 1988年 - 1991年
バリャドリード(スペイン) 1991年 - 1992年
インディペンディエンテ・メデシン(コロンビア) 1992年 - 1993年
ジュニオール・バランキア(コロンビア) 1993年 - 1995年
タンパベイ・ミューティニー(アメリカ) 1996年 - 1998年
マイアミ・フュージョン(アメリカ) 1999年
タンパベイ・ミューティニー(アメリカ) 1999年 - 2001年
コロラド・ラピッズ(アメリカ) 2002年



Wikipediaより出典 - Article - History - License:GFDL
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